複雑相互作用を考慮した多ホスト-多パラサイト系の共進化動態による生物多様性・ 遺伝的多様性維持機構の解明

伊東 啓
(長崎大学 熱帯医学研究所 講師)

2016年12月1日木曜日

秘境ムスタン地方での疫学予備調査(ネパール):前編

私の所属する「熱帯医学研究所 国際保健学分野」では、寒冷高地適応に関する疫学調査研究プロジェクトが進められています。

簡単に言うと、
「寒くて空気も薄く、食物も育ちにくい高地に住む人々の健康状態はどうなっているんだ?なぜ健康なの?健康じゃないならその原因は何?」
といったことを調べるものです。

現在候補となっているのが、ネパールにあるムスタン地方です。
このムスタン地方と言うのは、「最後に残った古き良きチベット」と言われるような秘境で、近年まで外国人の立ち入りが制限されていました。現在でも外国人の単独行動は許されていませんし、ガイドの随伴が義務化されています。



さて、じゃあ調べましょうとなったときに、いきなり外国人が出向いていって、
「ちょっと貴殿の身体を調べさせてくだされ。」
と言ってもなかなか応じてくれません。当たり前です。
そこで現地の人々と交渉し、事前に信頼関係を作っておいてから本調査に望むことになります。実際に現地に赴くことでしか想定できない様々な困難を今のうちに潰しておくのが予備調査における先遣隊の役割です。特に現地のお医者さんや看護師さん達が重要人物です。


様々な事情があり、国際保健からは今回、3人の先遣隊が組まれました。
1.スウェタ・コイララさん(博士課程学生、医師、ネパール人)真ん中
2.中野政之先生(助教、細菌学者、ピロリ菌の専門家)左
3.伊東啓(私、数理モデラー、疫学・医学のド素人、この調査のために「やさしい科学技術セミナー」のあと富士山に登り準備万端)右

(ムスタン地方唯一の病院、Mustang Hospitalにて撮影、高度約2800m)

目的1.ムスタンの首都ロマンタン(Lo-Manthang)にとにかく辿り着く
目的2.現地で調査可能か検証する。
目的3.調査可能な場合、本調査のために設備等で何が必要か検証する。

もはや疫学どうこうというよりも、「果たして辿り着けるのか?」という旅でしたが、ここからはバックパッカーのブログ的に時系列を追って書きます。


●1日~2日目カトマンズ
ネパールの首都カトマンズです。この時点で標高約1200mです。




意外に埃っぽく、交通量が多く、近年は喘息が問題になっているようです。中野先生は後日この埃と排ガスで鼻炎が悪化し苦しむことになります。鼻をかむと黒い鼻水が出てきます。
ご飯は日本人向きでとても旨いです。米が主食で、ヒンドゥー教が多いのでチキンカレーが多く出てきます。ネパールの人々はやさしいです。



●3日目カトマンズ~ポカラへ移動

湖で有名なポカラという町に移動します。ポカラから様々なトレッキングコースへ行けるので、多くの登山家もここを訪れます。カトマンズから丸一日かけてポカラへ移動します。
ネパールは高地が多く、空港の立地がそもそも高高度なのでエンジン出力が上がり辛かったり、山間を抜けないと着陸できなかったりと飛行機が良く落ちると言われています。多くのネパール人も時間が掛かっても陸路を選択する人が多いのです。





ネパールの道にはトンネルがありません。山ばかりの国なのにトンネルがないので、時間が掛かります。また、どこの道も基本片側一車線です。一応写真はハイウェイなのですが、前がトラックなどで遅い車の場合はエグイ追い抜きをします。対向車にも暗黙の了解があるらしく、「うわ、正面衝突で死ぬ!」と思っても結構大丈夫です。でもネパールに行って一番驚いたのはこの交通かもしれません。スウェタさんの旦那さんに送ってもらいます。


●4日目 ポカラ~ジョムソン(ムスタン地方の入り口、標高2500~2800m地点)

ポカラの朝です。山を見てこんなに心を動かされた日はありません。自分は静岡市出身なので、富士山がいつも身近でした。富士山はもちろん美しい山ですが、ネパールの山はスケールが違います。



ホテルの屋上から見る朝の左がマチャプチャレ(通称Fishtail)です。アンナプルナ山系が良く見えます。



今日からプロのガイドとプロのドライバーを雇い、ムスタンエリアに向かいます。車も四駆の無骨なピックアップトラックに乗り換えます。


凄腕のガイド、アニールです。5~6000m級の高地での縦走経験が十数回を数えるといいます。国際保健と何度か仕事をしているため、日本の領収書文化を理解しているためとても助かります笑い



道中多くの棚田が見受けられます。多くの60代の人々が、「ネパールに来ると昔を思い出して懐かしい」といって好んで何度もネパールを訪れるといいます。




舗装路が無くなります。ここから苦しくなってきます。



「蜀の桟道」という言葉が今後何度も私の頭をよぎります。だんだん寒くなってきます。



道中、多くの滝が見られます。山と水の国ネパール。彼は今回非常にがんばってくれたドライバーです(写真左)。彼はその後、明らかに高山病になるのですが、「いや、俺は大丈夫だから!」と言い張って薬を飲まないという拘りを見せます笑。その後しぶしぶ彼は薬を飲みます。
我々の誰が倒れてもなんとかなりますが、彼だけには倒れられてしまっては困ります。彼さえ無事でいれば帰ることができますから。



乾季の川を渡り、 羊飼いとすれ違い、夜になります。





雪を被った雪山は月明かりで銀色に輝きます。ダウラギリ山系です。



この日の目的地、ジョムソンに着く頃には皆ヘロヘロです。
写真を見せると、皆さん口をそろえて
「うわ~、綺麗、楽しそう~」
と仰いますが、私はこの日々を思い出すだけで猛烈な車の振動を思い出し、少し車酔いになります。何度も「これ歩いた方がマシじゃないか?」と思いました。そして乾燥と埃は日本育ちには辛いものがあるかもしれません。

ちなみに私は埃に関しては大丈夫でした。俺の家はこれ以上に汚いですからね笑
町の位置関係はこうなってます(自作地図)






やっとムスタン地方に入ったわけですが、ここまでですでに長くなってしまったので、一度切ります。





0 件のコメント:

コメントを投稿