複雑相互作用を考慮した多ホスト-多パラサイト系の共進化動態による生物多様性・ 遺伝的多様性維持機構の解明

伊東 啓
(長崎大学 熱帯医学研究所 講師)

2017年3月22日水曜日

奨励賞(鈴木賞)授賞式と受賞講演@日本生態学会

3月17日に日本生態学会の各賞授賞式が行われました。


場所は早稲田大学大隈講堂です。


自分は第5回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者として参加しました。




当たり前ですが、結構カッチリした式でした笑
受賞理由は簡単に言うと、「いっぱい論文出したね!偉いぞ!」という感じです。多分。


さて、午前中が授賞式で、午後が受賞講演です。
この時間の学会イベントは受賞講演だけなので、結構多くの人に聞いて貰えるのが良い所です。絶好の営業機会です。

大隈講堂の二階席まで多くの方に聞いていただきました。






シミュレーションの話をしています。


演題は、
「環境変動とシミュレーション ~周期ゼミから薬剤耐性菌まで~」
ということで、内容はざっくり言うと、

周期ゼミの進化を再現するために用いたシミュレーションモデルが、今後、薬剤耐性菌の拡散を防ぐ方法を導いてくれるかもよ。

という感じです。


最後の締めの挨拶で、

「次は宮地賞(奨励賞の一つ上のカテゴリー)の受賞講演でこの舞台に上がります。」

と相変わらずビッグマウスが自然と口から出てしまったので、本当に狙って獲れるよう業績を積み上げるのみです。


ちゃんとJapan Prize研究助成のことは謝辞に入れておきましたので!

2017年3月13日月曜日

創部10周年

先日、大学時代の部活の後輩が結婚すると聞きました。
めでたい話です。
晩婚化が叫ばれる中、部内初の既婚者の誕生です。
彼らと部活に打ち込んでいた日々を思い出します。















私は大学入学と共に、静岡大学体育会公認テコンドー部を浜松校舎に創設しました。
10年前のことです。当初は3人で部活を始めました。

そもそもなぜテコンドーをやっていたかというと、中学時代にオンラインゲーム(Final Fantasy XI)に熱中しすぎて、「コイツは道を踏み外してしまうんじゃないか」と憂慮した父に、静岡大学テコンドー部(静岡校舎)に連れて行かれたのきっかけです。顧問が父の友人で、当時静大の准教授をしていた縁です。
(FF11の話をしてもいいんですが、長くなるんで)

当時のテコンドー部は創部一年目だったので、大学生のお兄さんお姉さんがとても可愛がってくれて、楽しかったのを覚えています。静大が結構好きだったんですよね。

大学に入学して部活を作ったときは、
「まぁべつに、俺の遊び場だから、4年後潰れてもいいや」
くらいの気持ちでやっていたのですが、10年も存続してしまいました。

これまでに部活は、静岡大学学長表彰2回、学生大会団体戦優勝2回、全日本大会入賞、(マイナー競技ゆえ入賞しやすいというのがあります笑)という輝かしい戦績を残せたのも、周囲の皆さんの暖かいサポートと、何よりその世代・世代の現役生の頑張りの賜物でしょう。

近頃、長大のアイスホッケー部を見ていても思いますが、勝利だけを目指して競技ができるのは大学生までです。うらやましいです。社会人になると、「仕事が、家族が」と勝利至上主義ではどうしても居られなくなります。学生が自身で運営する部活では、練習内容も含め自由になんでもやってほしいと思います。


ここに白状しますが、競技から離れたのは、競技が怖くなったからです。キャプテンだったときは、部費のために入賞する必要がありました。新参の部活には実績が必要です。練習場所や部費を確保するために一心不乱に参戦していました。

このITFテコンドーは、オリンピック競技のテコンドーとは異なります。
より空手やキックボクシングに近く、顔面パンチもあります。
有段者からはヘッドギア無しなので、失神やKOも起こります。

2010年全日本の組手の緒戦、アジア3位の選手にその日の午後の記憶を飛ばされてしまいました。パンチで顎を抜かれたか、倒れて後頭部を打ったか、そのどちらかで記憶を飛ばしました。
結局記憶の無いまま時間一杯戦ってしまったのですが、内容はボロボロ。




同級生に聞くと、しばらく記憶の混乱があって、
「今日は何日だ?俺はなんで全日本に出てるんだ?」
という質問を30分ほど何度も繰り返していたと言います。
その日の夜には良くなってたんですが…、同級生は青ざめた顔をしていました。

選手としてはいつの間にか消えた感じにして、周囲の皆さんには不義理なことをしたと思っています。

後輩の結婚報告で、そんな事が思い返されました。
次の5月で部活は満10年、11年目のシーズンに突入します。


自動代替テキストはありません。







(OB会作成の10周年記念G-SHOCKの裏側)

4月からの多くの新入生に大学生活を楽しんでほしいと思います。
その中で静大テコンドー部や長大アイスホッケー部を選ぶも良し、その他の部活ももちろん推奨です。10年経っても、そのときの話題で盛り上がれる友に出会えると思います。

現役生の武運長久を願います。

静岡大学テコンドー部HP
http://shizuokataekwondo.wixsite.com/shizudai-tkd






2017年2月25日土曜日

論文。ついでに今年のまとめ

論文が出ました。

ゲーム理論と協力行動の論文です。
http://www.nature.com/articles/srep43377

要約すると、
「協力行動・協調行動がなぜ進化してきたかを説明するために、これまでに様々な研究がなされてきました。その中でも特にゲーム理論を用いた研究は多く、協力行動が様々な特定の条件下(空間構造・人口構造・ネットワーク構造等)で促進されることが示されました。この論文では意思決定する個体の貧富という条件を反映することができる動的効用関数を用いたゲーム理論を構築しました。そして、チキンゲームに分類される「ハト-タカゲーム」と「snow-driftゲーム」において、貧しい個体で協力行動が促進されることを示しました。この結果は、従来予想されていた特別な条件(空間構造等)を導入しなくても、協力行動が容易に促進され、進化する可能性を示しました。」

みたいな?
やっぱり研究の話は「(゚Д゚;)?」って感じで自分でもあまり盛り上がりませんね…


今年のまとめをせよということなので、カレンダー等を見直して時系列でまとめますと、

4月:熱研に配属。
5月:ひろむ、28歳になる。
6月:長崎大学アイスホッケー部のGKコーチ(のようなもの)になる。
7月:長崎大学アイスホッケー部の合宿に参加。彼らと高島の海で遊ぶ。
8月:ゲーム理論と効用基準・量的基準に関する筆頭著者論文がPLOS ONEから出る。やさしい科学技術セミナーを静大で実施。調査のトレーニングで富士山に登る。ネットワーク生態学シンポジウムで昨年受賞したポスター賞の賞状を受け取る。進化学会で発表する。
9月:軍艦島を見に行く。
10月:素数ゼミ;周期ゼミに関する共著論文がMolecular Ecologyから出る。長崎くんちを見に行く。
11月:ネパールの調査に行く。アイスホッケーJアイスセントラルに静岡県代表で出る。
12月:アイスホッケー国体予選(東海北信越)に静岡県代表で出る。
1月:思いつかん…
2月:動的ゲーム理論と協力行動の進化に関する筆頭著者論文がScientific Reportsから出る。
3月(予定):日本生態学会奨励賞(鈴木賞)を受賞する。受賞講演をする。長崎を去る。

無理やり1つの月に1つ入れようとした結果、なんかいつものようにふざけた感じになりました。が、一応成果は出してますんで。
長崎はとても良いところで、熱研には自由に研究をさせていただき、大変感謝しています。長崎にはもっと居たいくらいなのですが、来年度からは東京です。

今年度の主な論文:
1.Ito et al. "What is true halving in the payoff matrix of game theory?" PLoS ONE 11: e0159670, 2016.

2.Koyama et al. "Genomic divergence and lack of introgressive hybridization between two 13-year periodical cicadas supports life-cycle switching in the face of climate change?" Molecular Ecology 25: 5543-5556, 2016.

3.Ito et al. "The promotion of cooperation by the poor in dynamic chicken games" Scientific Reports 7: 43377, 2017.

今年は動的効用関数とかゲーム理論系の論文が多めに出ました。熱研とのコラボで様々な研究のアイディアが生まれたので、来年度もひたすら論文を作成していく感じです。

2017年1月27日金曜日

受賞記念講演@日本生態学会

日本生態学会第5回奨励賞(鈴木賞)をいただきました。

多分この話を私の知り合いにした場合の反応は、

「は?ひろむに生物なんて関係無いじゃん。てか高校でも生物の授業ほとんど受けてねぇじゃん」

という感じでしょう。私もそう思います。

工学部だったので受験は物理と化学を選択していました。
現に私の生物学的知識はそこらの高校生よりも遥かに劣ります。

しかしこの世界は結果が全てですから、それを評価していただいたのは大変光栄です。
去年の今頃は次に行く場所もなく、危うく無職になるところでしたから、一年でずいぶん好転した感があります。

ちなみに受賞講演は、日本生態学会第64回全国大会@早稲田大学(3月14-18日)の中の17日に実施されます。

ちなみに演題は、
環境変動とシミュレーション ~周期ゼミから薬剤耐性菌まで~
としました。

本当は2017年一発目のブログは正月に弟とやっていたコーエーから出ているゲーム「信長の野望・創造」の街道システムとネットワークモデリングについての話をしようかと思ったんですが、このような話になりました。

私のくだらない方のブログを期待していた人はすみません。

2016年12月23日金曜日

国体予選

第72回国民体育大会冬季大会アイスホッケー競技会
北信越・東海ブロック予選会(成年の部)

が名古屋の日本ガイシアリーナで行われました。

私は今年で3度目の国体予選です。

残念ながら静岡県は、層の厚い東海北信越ブロック予選を勝ち上がることができず、本戦に出場とはなりませんでした。




今年の国体予選は、長崎県からも声を掛けていただいていたのですが、下手なときから我慢強く使ってもらった静岡県からふるさと登録で出場しました。
何度も誘って頂いた長崎県代表にも感謝の念が絶えません。

私自身の出来は全く良くなかったので、チームの方々には本当に申し訳ない気持ちです。
ともあれ、今年も国体予選に出られたことを誇りに思います。


2016年12月12日月曜日

秘境ムスタン地方での疫学予備調査(ネパール):後編(完)

前回までのあらすじ

ネパール高地の疫学調査の予備調査に参加した伊東はカトマンズから車で丸4日かけてムスタン(ムスタン王国)の首都ロマンタン"Lo Manthang"に辿り着く…

まだご覧になっていない方は、 《前編》 と 《中編》 をご覧になってください。



●7日目 ロマンタン

ロマンタン(標高約3800m)の朝です。ここはホテルの食堂です。相変わらずネズミの煩い夜ですが、あまりに疲れていて気になりませんでした。ここでは朝の気温が氷点下まで下がります。もちろんエアコンはありませんので、室内も0℃です(私の腕時計で計測)。

お湯のシャワーはもちろん浴びれませんが、朝は水道管が凍って水も出ません。でもなんかこういう生活にも慣れつつあるところが怖いです。




ホテルの食堂から分かるように、チベットの色調です。
やはり疲れと高度のせいか全体的なパフォーマンスが落ちている気がしました。
何度寝袋を畳んでも上手く袋に入れられなかったり…
もうちょっと居れば慣れるのかもしれません。





今日の目標は、現地の人数名を実際に調べさせてもらうことです。まず、街の探検から。
細い路地が多い町並みです。石造りというかレンガ造りの白い壁に黒や緑で縁取られた窓枠が特徴的です。

基本的にムスタンエリアの地表は白っぽい岩石で覆われているので、目が痛いです。サングラスは必須です。




町並み。


細い路地。








伝統あるクリニックです。ロマンタンでは西洋医学があまり入っておらず、このようなハーブ療法が行われてきました。近代医学の薬を買いに行くには、私たちが通ってきた道を往復して買って来なくてはなりません。




野良牛。ネパールはヒンドゥー教が多いので、牛はウロウロしています。チベット仏教がメインのロマンタンでも牛がいます。でも、高度3800mでは大きく育つことができないため、かわいいサイズです。


さぁ、メインの調査です。前もってコンタクトをとっておいたネパール政府から現地に派遣されているスタッフに頼んで、何人かロマンタン生まれの老人に声をかけてもらいました。



左の白い椅子に座ったピンクの帽子を被っている方が、ロマンタン生まれロマンタン育ちのおばあさんです。そのその奥にも二人います。




緑色の帽子を被っている方も生粋のロマンタン人です。日焼けがすごいですね。
ちなみに皆さんチベット語を話します。
しかし文字は読めず、自分のサインも書けません。ここでは拇印を押してもらいます。

また、ネパール語→チベット語への通訳が必要です。ここで我々が英語でアーダコーダ言うとさらに混乱を招くので、私と中野先生は静かにしています。



屋上からの風景。




とんでもないところに来たもんです。
砂ぼこりで計測機器の精度が落ちないか心配です。また、バッテリーの問題も次回は解決しなくてはいけません。
ホテルに電気は通っていますが、充電にはお金が必要です。車のエンジンを動かして充電するのが良いのかもしれませんね。




当初、現地のネパール政府のスタッフからは、
「生粋の現地の人は、警戒心が強く、協力的ではないよ」
と言われていたので、テストもできないと思っていたのですが、協力的なおばあさん達のおかげで無事に予備調査を行うことができました。
貴重な写真まで、ありがとうございました。ダンネバ(ネパール語でアリガトウの意)。


ちなみに、ネパール語が通じない上に、おばあさんが3人揃ってしまうと井戸端会議が発生してしまい、大変な時間が掛かってしまいました。本調査ではちゃんと効率の良いシステマチックな仕様にしなくてはいけませんね。


その他、撮影禁止のエリア(洞窟に掘られた寺院や、チベット仏教の様々なものが置かれた美術館(もうほぼ蔵で触れちゃうものもあり))を観光して戻ります。

見たい人は現地へ(笑




そういえばあまりご飯を紹介しませんでしたね。これはネパール人がいつも食べている「ダルバート(左の大皿一式)」です。右はムスタン名産のリンゴを使ったアップルパイです(現地の人は食べません)。

これはロマンタンで食べたダルバートなので、「元祖ダルバート」らしいです。
どこのダルバートも、
・米(細長い乾いた米)
・ジャガイモのスパイス炒め
・サグ(ホウレンソウか小松菜)
・ダール(豆のスープ、日本で言う味噌汁ポジション。その日によって味付けを変える)
これに少量のチキンカレーがつくこともあります。これがダルバートです。

これを右手で混ぜながら食べます。
「俺も右手で食べた方がいいのか?」
といつも思うんですが、この乾燥地帯では手の汚れも尋常じゃないのと、いつもスプーンを出してくれるので私はスプーンを使ってしまいます。

ちなみに各種おかわりできます。


ネパールの人は基本コレを毎昼・毎晩食います。私も最初は、
「ダルバートうめぇ~。ネパール住めるわ」
と3日間ほど調子乗ってたんですが、毎昼毎晩食べてると。
「いや、もう飽きた…違うもん食いたい…」
という気分になります。

この辺りは人によるとしか言えません。でも味付けは日本人にとてもウケると思います。
その他にトゥクパというウドンみたいなものや、モモという餃子とショウロンポウの間のような食べ物があります。
私はダルバート、トゥクパ、モモをローテーションしていました。



●8日目 ロマンタン~ジョムソン

予想以上に順調に調査が進んだので、山を降ります。
下りは一日で行けます。
最初聞いたときは、「いや、うそだろ」って思いましたが、実際できちゃうので凄いですね。


はぁ…またこの道かよ…
ちなみにこの調査での移動は全て酔い止め薬必須です。
乗り物苦手じゃない人も準備しておいた方がいいです。



各村々の看護師さんへの報告と挨拶のために何箇所か立ち寄ります。



車にも触れておきましょう。
道中大活躍してくれたこのピックアップトラックは「Mahindra社のBolero Camper」です。
2523cc の直噴ターボディーゼルエンジンを持っています。

エアコン、パワーステアリング、窓の電動開閉 等はありません。
この砂漠のようなエリアは電装系に負担がかかるため、単純な機構の古き良き車がここでの最適解です。
もし本調査で、最新技術とコンピュータ制御の利いた高級なランドクルーザー、レンジローバーといったジープを選択できたとしても、私はこのエリアに関してはこのマヒンドラ社のこのボレロを推薦します。



ここだけちょっと死にそうだったかもしれません。



山からは水が染み出してる箇所がいくつもあり、小さな川を構築しているのですが、日陰ではそれが凍ります。
スリップしたときはさすがにちょっとビビリました。ちなみにこの右側はご覧の通り崖です。




いやぁ、無事に帰れて良かったです。


だんだん高度が下がるにつれて緑が戻ってきます。
畑も大規模になっていますね。





立ち寄った村の女性たちが何か作業しています。



緑溢れる世界に戻ってきました。ダウラギリ氷河です。美しいですね。



翌朝のジョムソンでの一枚。4日ぶり位に熱いお湯でシャワーを浴びたため、清清しい顔をしています。
フィールドワークをやる研究者にとっては余裕なのかもしれませんが、普段コンピュータの前に座っているだけのシステムエンジニアにはとても新鮮でキツイ旅でした。

でも、せっかく熱研(ねっけん:熱帯医学研究所の略称)に、それも国際保健に配属になったんだったら、それらしい仕事をしてみたいという希望は叶えられました。


また、初のネパールでしたが、ネパールの人々は皆とても親切だったことが印象的です。「ダンネバ(アリガトウ)」って言っておけば大概上手くいきます。


他にも色々な変なことが起こったし、いろいろネパールについて語りたいところですが、とりあえずこの調査の報告はこの辺で。



2016年12月8日木曜日

秘境ムスタン地方での疫学予備調査(ネパール):中編

前回のあらすじ:
ネパール高地の疫学調査の予備調査に駆り出された伊東は、車で丸二日かけてムスタン地方の玄関口「ジョムソン」にたどり着く。目的地の村「ロマンタン」まで過酷な旅路が続く…




ジョムソンの宿の様子。この辺りは8000m級峰であるダウラギリやアンナプルナといった山々の周辺をトレッキングするときの基地となることも多いため、多くの宿があります。基本的にここより高地ではお湯のシャワーは浴びれません。


宿です。二階から一階が吹き抜けになっています。めちゃくちゃ寒い(ジョムソンは海抜約2700mです)。ちなみに布団の中で寝袋に入らないと寒くて寝れません。




ダウラギリ山系ですかね。



小さな空港もあるのですが、着陸時切り立った山の間を飛ばなくてはならず、「ネパールの一番のリスクは飛行機事故」とも言われるため、ネパールで調査をする多くの研究者は飛行機を避けます。また、ネパール人も避けるため、この飛行場を利用するのは基本的に外国人トレッカーです。


エリア唯一の病院、Mustang Hospitalです。ここより上に病院はありません。ここで研究の打ち合わせをするのが一つの目的です。


エリア唯一の救急車です。大丈夫か?



●5日目:ジョムソン~サマー(ジョムソンとロマンタンの真ん中くらい)まで

ここからは村々を寄りながらロマンタンを目指します。今思い出しても悪路の揺れと空気の薄さを思い出し、なんだか気持ち悪くなってきます。




「なんだ、車に乗って登ってんのかよ」と思われるかもしれません。確かに私もこの話が来たときは「やべぇ、歩いて登るなら鍛えておかなきゃ」と思い、富士山にまで登りました。しかし、現実的にはジョムソンからロマンタンまでは経験者で歩いて10日間かかります。

貧困国の一角「ネパール」は観光で外貨を稼いでいるため、このエリアの入山料は10日間で「US$500/一人」です。一日超過するごとに50$ずつ加算されていきます。
これはネパールの山の中でも高額で、エヴェレストのベースキャンプまでの入山料よりも高額だったはずです。

さらに、「ガイド代」は日が増すごとに費用も嵩むため、研究費等と現実的に考えると車をチャーターせざるを得なかった訳です。たぶん歩いて登るほうがお金がかかるでしょう。




村で休憩をとりながら登っていきます。が、その村すらだんだん見当たらなくなってきます。




自分はこの辺りの景色を目の当たりにしたときに、「ここは地球なのか?」と思いました。
また、写真をいくら高解像度で撮影しても、この雄大さは微塵も伝わらないと思っています。ぜひ現地で見てください。



サマー(Samar 3500m)村の今日の宿です。丁度ジョムソンとロマンタンの間くらいでしょうか。ロマンタンはネパールというよりもチベットです。この辺りはもうチベット仏教の文化がかなり色濃くなっています。

電気はありますが、夜はヘッドライトがないとトイレに行けません。また、ネズミがカサカサうるさいので寝るのに苦労しました。

道中は3800mを超える箇所もあり、中野先生はこの晩ダウンしています。


●6日目:サマー~ロマンタン

翌朝の村の景色です。


スウェタさんが宿のご主人に問診をしています。ご主人の顔を見ると分かりますが、この辺りはネパールといえどもインド系の顔ではなくアジア系の顔であることがわかります。また、ネパール語が怪しくなってきて、チベット語圏に入りつつあります。

また、年齢を聞いても、「たぶん70くらい」といった感じで返事が帰ってきます。
なるほど、こういう場所なのか…戸籍とかそういう感じではないのか。と、なんか納得した記憶があります。




このあたりの家に共通する配色と、窓の周りを黒く縁取る特徴が見受けられます。



そして今日も山登りが始まります。



車が登ってるの見えますか?道中にはいくつか車が乗り捨てられていました。たぶん壊れたんでしょうね。






こんな道が永遠と続いています。




村で道に迷って子供に聞いている様子。日焼けが激しい以外は日本の子供に似ていますね。





この辺りが今回の旅の標高MAX 4010m地点です。砂漠のようですね。空が濃く青いです。宇宙が近いからですかね。

今日の目的は、この村(ガミ Ghami 3500m)で昼食をとり、このエリアを仕切っている看護師さんたちと打ち合わせをすることです。



チベット仏教色が強くなってきます。


看護師さんたちとの打ち合わせ



自分も体調が悪くなってきました。個人的にはこの日が一番つらかった気がします。この薬は「ダイアモックス」です。高山病の初期症状を緩和します。
なんで効くかはリンク先の日本登山医学会のHPを参照してください。




この地方はリンゴの栽培で有名です。実はこのエリアの農業には近藤亨先生という日本人の絶大な貢献があったことは有名です。なので、日本人はこのエリアではなじみ深い民族なのです。


もう一登りしてロマンタンに到着です。とりあえず全員グッタリしているのでこの日はすぐに休みます。ネズミも相変わらずうるさいんですが、何より寒い… 3800m付近で日が落ちると氷点下まで気温が落ちてしまいます。




なんとか我々はロマンタンに到着しました。いや、「着くまでに何日かかってんだよ」と言われるんですが、これが秘境たる所以でしょう。
前後編にするつもりだったんですが、前・中・後編にします。